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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)2889号 判決 1988年10月31日

控訴人兼当事者被参加人(以下「控訴人」という。)破産者天下一家の会・第一相互経済研究所こと 内村健一破産管財人 福田政雄

同 下光軍二

同 稲村五男

右控訴人福田政雄、同稲村五男訴訟代理人弁護士 下光軍二

右控訴人福田政雄、同下光軍二訴訟代理人弁護士 稲村五男

右控訴人ら三名訴訟代理人弁護士 中山福二

同 河野吉美

右控訴人ら補助参加人 別紙補助参加人目録記載のとおり

被控訴人兼当事者被参加人(以下「被控訴人」という) 財団法人 肥後厚生会

右代表者仮理事 春田政義

当事者参加人 株式会社ワコーエステイト

右代表者代表取締役 佐藤宏

右訴訟代理人弁護士 山田俊昭

主文

一  原判決を取り消す。

二  控訴人らと被控訴人との間において、別紙物件目録記載の各不動産が破産者内村健一の所有であることを確認する。

三  被控訴人は、内村健一に対し、別紙物件目録記載の各不動産につき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

四  当事者参加人の各請求を棄却する。

五  訴訟費用中当事者参加に関する費用は当事者参加人の負担とし、その余は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  控訴人らと被控訴人との間において、別紙物件目録記載の各不動産が破産者内村健一の所有であることを確認する。

3  被控訴人は、内村健一に対し、別紙物件目録記載の各不動産につき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決を求め、

当事者参加人の請求に対し、

1  当事者参加人の請求を棄却する。

2  訴訟費用は当事者参加人の負担とする。

との判決を求めた。

二  被控訴人

控訴人らの控訴につき控訴棄却の判決を求め、当事者参加人の請求につき、

1  当事者参加人の請求を棄却する。

2  訴訟費用は当事者参加人の負担とする。

との判決を求めた。

三  当事者参加人

1  別紙物件目録記載の各不動産が被控訴人の所有であることを確認する。

2  被控訴人は、当事者参加人から金四三億円の支払いを受けるのと引換えに別紙物件目録記載の各不動産につき、昭和六一年八月一日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3  訴訟費用は、控訴人ら及び被控訴人の負担とする。

との判決を求めた。

第二控訴人らの請求原因

一  訴外株式会社長谷川工務店(以下「長谷川工務店」という。)は、かつて別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)を所有していた。

二  破産者内村健一(以下「内村」という。)は、昭和五一年九月三〇日、長谷川工務店との間で、本件不動産を代金一三億五七〇〇万円で買受ける旨の契約(以下同日における本件不動産の売買を「本件売買契約」という。)をした。

三  本件不動産につき別紙登記事項目録記載の各登記があり、右各登記の所有者名義である「財団法人天下一家の会」は、被控訴人の右登記手続当時の法人登記簿上の名称と同一である。

しかしながら、本件売買契約は、次に述べるように内村がねずみ講のかくれみのとして利用するため、被控訴人名義を借用して自己の資金で本件不動産を買受けたものであるから、本件不動産の買主は内村であり、内村がその所有権を取得したものである。すなわち、

1  内村と被控訴人との関係

内村は、昭和四二年三月、熊本県上益城郡甲佐町の自宅に事務所を置き、第一相互経済研究所(以下「第一相研」という。)と名乗って、いわゆるねずみ講を発足させ、昭和四六年五月末頃には会員合計七〇万名、入会金収入は七七億円に達した。第一相研の運営は内村が絶対的な権限を有し、業務執行、財産の管理処分は全て内村の意思により決定され、不動産も内村個人名義とされ、内村は入会金等の財産を自己の私財として扱ってきた。内村は、第一相研を法人化したいと考え、昭和四五年末にその綱領を成文化したが、同郷の思想家西村展蔵の唱えた天下一家の思想を普及するための「天下一家の会」と第一相研とは同体異名である等の規定をしたが、社団の定款としての実質はなかった。

内村は、昭和四六年六月国税局から所得税法違反により、強制調査され、また昭和四七年二月同法違反容疑で逮捕されるなどしたため、ねずみ講会員の間で混乱が生じ、新規加入者が激減した。このような状況のもとで、内村は、名称を天下一家の会・第一相研と改め、これを公益法人化することによって社会的批判をかわし、ねずみ講の反社会性を公益法人のオブラートに包み拡大化を図ったが、天下一家の会・第一相研を公益法人として改組することができなかったため、休眠状態にあった被控訴人(当時の名称は財団法人肥後厚生会)を買収し、表向きは社会福祉事業を目的とするように装い、実際はねずみ講に対する社会的非難をかわしこれを一層拡大するためのかくれみのとして利用することを企てた。そこで、昭和四八年三月一〇日、被控訴人の名称を「財団法人天下一家の会」と変更し、理事改選を行う等の決議をし、自らは会長に就任したとして、同年四月二〇日その旨の登記がされた。

2  被控訴人の実態

内村は、理事に長男やねずみ講に関与してきた者を就任させ、評議員等の役員構成も殆ど天下一家の会・第一相研と一致させる等被控訴人を意のままに操り、また被控訴人の資産は全て内村が天下一家の会・第一相研の名で行ったねずみ講による入会金収入を原資とするものであった。天下一家の会・第一相研と被控訴人の経理・資産はこん然一体となっており、内村はこれらの資産を自由に移動・分散することができたから、被控訴人の資産は、天下一家の会・第一相研こと内村個人の資産の実態を有するものであった。

被控訴人は、その目的と称する社会福祉事業を全く営まず、内村は専ら被控訴人をねずみ講の入会勧誘の手段として利用した。すなわち、昭和四八年三月以降の勧誘に際しては、天下一家の会・第一相研と被控訴人とは一体であり、ねずみ講自体国が積極的に公認するものであるかのごとき虚偽の宣伝をふりまき、入会者を激増させていった。

3  本件不動産の取得に被控訴人名義を用いた理由

内村は、ねずみ講拡大の宣伝のために財団法人の名を利用していたが、天下一家の会・第一相研創立一〇周年記念を迎え、更にねずみ講の拡大伸長をはかるため被控訴人名義を借用し本件不動産を買受けたものである。すなわち、

内村は、被控訴人が天下一家の会・第一相研のねずみ講と一体であると宣伝し、ねずみ講は公的団体が主宰し、もしくはそれと密接に関連し、これに入会することが社会福祉建設に役立つかのように会員等を誤信させ、急激に会員を増大させたものであるが、当時被控訴人は社会福祉事業を何ら行っておらず、これを隠れみのとして利用していたにすぎないから被控訴人自体としては本件不動産を取得する必要はなく、もっぱらねずみ講の発展拡大を図るため、天下一家の会・第一相研の全国の拠点たる東京事務所として本件不動産を取得する必要があった。そこで、内村は被控訴人名義を用いて本件不動産を購入したものであって、購入後はこれをねずみ講の東京本部として活動の拠点として使用していたのである。のみならず、内村は、法人格を巧みに利用し、財産を分散し、脱税や資金隠しに利用しているが、本件不動産の取得につき被控訴人名義を用いたのも税金逃れのためでもあった。

4  本件不動産の購入資金は、内村が支出したものである。購入資金一三億五七〇〇万円は形式的には被控訴人から支出したようにされているが、前記のとおりいずれも天下一家の会・第一相研のねずみ講入会金を資産隠し対策として被控訴人へ入金した形式をとった中から支出されたものであり、内村と天下一家の会・第一相研は一体であり、被控訴人の実態も内村と同一であるから、内村が自己の資金で購入したものとみるべきである。

5  被控訴人主張の原始寄付行為が真正なものであるとの確証はないから、昭和四八年三月一〇日の理事選任は無効である(のみならず、同日の理事の選任は被控訴人主張の原始寄付行為に基づくものではないから、この点からも無効である。)。そして以後も適法に理事が選任されていない以上、本件売買契約締結日である昭和五一年九月三〇日の時点でも被控訴人には理事が存在しなかったというべきである。したがって、理事が存在しない状態のもとで、内村が被控訴人名義の契約を締結しても、被控訴人のために契約したものとはいえない。

四  仮にそうでないとしても、被控訴人の法人格は全くの形骸にすぎず、内村は犯罪行為であるねずみ講を拡大伸長することを目的として法人格を濫用したものであるから、本件不動産の購入との関係で被控訴人の法人格は否認されるべきであり、その結果その権利義務関係、したがって本件不動産の所有権は、背後の実体たる内村個人に帰属する。すなわち、

1  被控訴人は、昭和四八年三月当時、これまで二〇数年間全く事業をしていなかった休眠法人であり、事務所、財産、帳簿類及び職員等もなかった。

2  一方、内村が第一相研と称してねずみ講を主宰し、被控訴人を買収した経過は前記のとおりであり、その後の被控訴人は、次のとおり組織上、財産上天下一家の会・第一相研こと内村と全く一体である。

① 被控訴人の役員、職員及び経理担当者は、いずれも天下一家の会・第一相研と兼務する者である。

② 被控訴人の財産は全て天下一家の会・第一相研の資金であり、内村は、天下一家の会・第一相研、宗教法人大観宮(内村が創立し自ら理事長となったもの)及び被控訴人の三者間で自由に資金を移動させることができ、右三者とも同じ事務所を使用していた。

3  被控訴人は、天下一家の会・第一相研及び宗教法人大観宮とともに、ねずみ講の活動母体として一体となってその拡大を行ってきたのであり、寄付行為に定められた目的たる事業は何もしていない。

4  これを本件不動産の購入についてみても、形式的には天下一家の会・第一相研の理事会等を経て決せられ、実質的には内村が計画、交渉、契約等すべてを行い、また、代金も天下一家の会・第一相研こと内村から支出されたもので、購入目的はねずみ講東京支部の設置であった。

5  以上のとおり、内村は、全く実体のない被控訴人を形骸化させたままその法人格のみをねずみ講拡大の便法として濫用してきた。本件売買契約もその一環としてされたものであり、本件売買契約につき被控訴人の法人格は否認されるべきである。

五  仮にそうでないとしても、本件売買契約において、内村と被控訴人との間では被控訴人が購入する外形をとるものの、真実は内村が購入するものであることを被控訴人も了承していたから、民法九四条一項が適用され、本件不動産の所有権は内村に帰属するものというべきである。

六  ところが、被控訴人は、本件不動産の所有者であると主張している。

七  内村は、昭和五五年二月二〇日午後二時熊本地方裁判所において破産宣告を受け、控訴人ら及び佐竹新也(昭和五六年一一月一〇日死亡)がその破産管財人に選任された。

八  よって、控訴人らは被控訴人に対し、本件不動産が破産者内村の所有であることの確認を求めるとともに、所有権に基づき本件不動産につき真正な登記名義の回復を原因とする内村に対する所有権移転登記手続を求める。

第三請求原因に対する被控訴人の認否

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二の事実は否認する。

三  同三の事実のうち、本件不動産につき控訴人ら主張の登記が存在すること、内村がその主張のようにねずみ講を始めたこと、控訴人ら主張のとおり昭和四六年六月内村が強制調査を受け、昭和四七年二月逮捕されたこと、被控訴人につき、その主張のように昭和四八年四月二〇日登記がされたことは認めるが、その余の事実は否認する。

内村は、被控訴人の代表者として本件売買契約を締結したものである。すなわち、

1  被控訴人は、昭和二二年七月二八日設立の財団法人であり、訴外有働清松(以下「有働」という。)が被控訴人の会長に就任した。

2  被控訴人が設立に際し定めた寄付行為(乙第一号証)(以下「原始寄付行為」という。)によれば、会長は本会を代表し、理事会の推薦により推戴すること(一五条)、理事は会長が委嘱すること(一六条)、役員の任期は会長は三年、その他は二年とすること(二〇条)、役員は任期満了後といえども後任者の就任するに至るまでその職務を行うものとすること(二一条)の規定がある。

3  昭和四八年三月一〇日、設立当時の理事であった四名のうち死亡した二名を除く有働、訴外緒方喜明の二名が出席して被控訴人の理事会が開かれ、同理事会において寄付行為二一条により依然会長の職務権限を有していた有働の提案により内村他四名(内村文伴、中谷正次郎、市野毅、有働清松)を被控訴人の新理事として選任委嘱が行われ、内村ら五名はこれを受諾し、次いで新理事の全員一致で内村を被控訴人の会長に選任したから、内村が被控訴人の代表権を取得した。

4  熊本地方法務局登記官は、昭和五二年一二月一〇日、被控訴人の法人登記簿上の「財団法人天下一家の会」の名称、内村他四名の理事就任の登記等を変更手続のかしを理由に職権抹消した。しかし、前記原始寄付行為が存在し、昭和四八年三月一〇日当時会長の権限を有していた有働は、右寄付行為に基づき内村らの理事を選任したものであるから、右選任は有効であり、これらの理事は実体上理事としての権限を有する(なお、原始寄付行為が公権的に真正なものと認められ、それによって理事選任の登記が完了してはじめて仮理事の任務が終了すると解すべきであるから、内村らが実体上理事の権限を有することは仮理事の権限に影響を及ぼさない。)

四  同四の事実の1のうち、被控訴人が昭和四八年三月まで二〇年あまり事業を休止していたことは認めるが、その余は争う。同2のうち、内村が天下一家の会・第一相研と称し、ねずみ講を主宰してきたことは認めるが、その余は否認する。被控訴人と天下一家の会・第一相研の経理、予算、決算は別個であり、当初は天下一家の会・第一相研よりねずみ講の入会金の一部が被控訴人に寄付されていたが、昭和四九年四月以降はねずみ講の加入者から入会金の一定割合が被控訴人に直接寄付されている。同3の事実は否認する。被控訴人は、本件不動産を購入したほか、昭和四八年三月以降各種の事業を行い、例えば社会福祉事業として熊本県上益城郡甲佐町に健康センターを設置すべく用地を取得しようとし、農地法五条の許可申請をしたが、熊本地方法務局登記官の前記職権抹消処分により事実上事業休止のやむなきに至ったものである。同4の事実は否認する。本件不動産の購入代金は天下一家の会・第一相研から寄付された被控訴人の資金により支払ったものであり、被控訴人はその後固定資産税等も支払っているから、本件不動産の所有権が内村個人にあるということはありえない。同5の主張は争う。

法人格否認の法理は、取引の相手方保護のため法人の行為を否認するものであり、本件不動産の取得行為について取引関係に立たない破産者のために認める余地はないし、法人の存在自体を否認するものではない。したがって、長谷川工務店と被控訴人との間にされた本件不動産の売買について、控訴人らが被控訴人の存在を否認して右売買が内村個人との間にされたということはできない。

五  同五の主張は争う。

六  同六、七の事実は認める。

第四当事者参加人の請求原因

一  熊本地方法務局登記官は、昭和五二年一二月一〇日、被控訴人の昭和四八年四月二〇日付の内村他四名の理事就任登記等を選任無効を理由に職権抹消し、右処分は確定した。したがって、右理事の選任は無効であり、被控訴人の登記簿上の理事は不在となった。

二  有働は、被控訴人の設立当初の理事であるが、被控訴人主張の原始寄付行為には役員の任期伸長の規定があるから、右規定により依然理事の権限を有するところ、設立当初の理事は死亡したから、理事の権限を有する者は有働のみである。

三  本件売買契約は、被控訴人の代表権のない内村の無権代理行為に当たるところ、有働は内村の右無権代理行為を追認したから、被控訴人は本件不動産を取得したものというべきである。

四  当事者参加人は、昭和六一年八月一日、被控訴人の代表者有働との間で、本件不動産を売買代金五〇億円とする売買契約を締結し、同日手付金七億円を支払った。

五  しかるに、控訴人らは、本件不動産が被控訴人の所有であることを争っている。

六  よって、本件不動産が被控訴人の所有であることの確認を、被控訴人に対しては残代金四三億円の支払いと引き換えに本件不動産の所有権移転登記手続を求める。

七  控訴人ら及び被控訴人の通謀虚偽表示の主張は争う。

第五控訴人らの答弁

一  当事者参加人の請求原因一の事実は認める。

二  同二のうち、有働が被控訴人の設立当初の理事であることは認めるが、その余は争う。

三  同三、四の事実は否認する。

四  同五の事実は認める。

五  当事者参加人主張の売買契約は通謀虚偽表示により無効である。

第六被控訴人の答弁

一  当事者参加人の請求原因一の事実のうち、その主張の登記が職権抹消されたことは認めるが、その余は争う。被控訴人の真正な原始寄付行為に基づき理事の選任が行われたから、職権による登記抹消にかかわらず、昭和四八年三月一〇日の理事の選任は有効である。したがって、これらの理事は実体上理事の権限を有し、本件売買契約当時の被控訴人の代表者は内村である。

二  同二のうち、有働が被控訴人の設立当初の理事であることは認めるが、その余は争う。同人は昭和四八年七月二六日辞任により理事を退任している。

三  同三、四の事実は否認する。

四  当事者参加人主張の売買は通謀虚偽表示により無効である。

第七《証拠関係省略》

理由

第一  本件売買契約における本件不動産の買主について

一  長谷川工務店がかつて本件不動産を所有していたこと、本件不動産につき別紙登記事項目録記載の各登記があり、右各登記の所有者名義である「財団法人天下一家の会」は、被控訴人の右登記手続当時の法人登記簿上の名称と同一であること、内村が昭和五五年二月二〇日午後二時熊本地方裁判所において破産宣告を受け、控訴人らはその破産管財人であることは、控訴人らと被控訴人との間で争いがなく、当事者参加人と控訴人ら及び被控訴人との間では弁論の全趣旨によって認められる。

二  そこで、本件売買契約は、控訴人らが主張するように内村が被控訴人名義を借用して本件不動産を買受けたものであるか、被控訴人が主張するように被控訴人を代表する権限を有する内村が被控訴人のために本件不動産を買受けたものであるか、また当事者参加人の主張するように内村が被控訴人を代表する権限なく本件不動産を買受けたものであるかにつき判断する。

《証拠省略》を合わせると次の事実が認められる。

1(内村と被控訴人との関係) 内村は、昭和四二年三月、熊本県上益城郡甲佐町の自宅に事務所を置き、第一相互経済研究所と名乗って無限連鎖式講、いわゆるねずみ講である「親しき友の会」の事業を発足させ、第一相研の所長と称して右会の主宰し、その後「相互経済協力会」「交通安全マイハウス友の会」等のねずみ講を次々に実施した結果、昭和四六年五月末頃には会員合計約七六万名、入会金の総額は約一〇〇億円に達した。第一相研の運営は内村が絶対的な権限を有し、業務執行、財産の管理処分は全て内村の意思により決定され、内村は入会金を各地の保養所、熊本市内の不動産、小型飛行機等の購入にあて、これらの資産は内村個人名義とされていた。ところで、内村はかねてから、第一相研を法人化したいと考え、昭和四五年末にその綱領を成文化したが、同郷の思想家西村展蔵の唱えた天下一家の思想を普及するための「天下一家の会」と第一相研とは同体異名であるとしていたものの、未だ社団法人の定款としての実質はなく、昭和四七年五月に定款を作成し、「天下一家の会・第一相研」と名称を改めた。内村は、昭和四六年六月所得税法違反容疑で国税局の強制調査を受け、その後同法違反で逮捕されたため、ねずみ講会員の間で混乱が生じ、会員が激減した。しかも、内村は、天下一家の会・第一相研を公益法人として改組することができなかったため、無資産で休眠状態にあった被控訴人(当時の名称は財団法人肥後厚生会。会長は有働)を買収し、昭和四八年三月一〇日、ほか四名の者とともに理事となり、さらに自らは会長に就任し、同年四月二〇日理事就任等の登記を、同年五月一八日名称を「財団法人天下一家の会」と変更する旨の登記をした(右各登記が無効であることは後記のとおりである。)。

被控訴人は、昭和二二年七月、社会福祉事業を目的として熊本県知事の許可を受け設立されたもので、設立当時は幼稚園の経営等の事業を営んでいたこともあったが、その後は休眠状態にあり、内村も会長に就任した当時社会福祉事業を行いたい旨述べているが、実際には被控訴人の目的と称する社会福祉事業は全く営まれず、また、内村はねずみ講の思想は「心・和・救け合い」にあるとし、被控訴人は「和」に当たる等と宣伝していたが、内村の独自の思想にすぎず、もっぱら被控訴人をねずみ講の入会勧誘の手段として利用した。すなわち、昭和四八年四月以降の天下一家の会・第一相研の事業概要がねずみ講勧誘のためのパンフレット等には天下一家の会・第一相研と被控訴人とが一体であることを強調し、内村の個人事業たる「天下一家の会」・第一相研と被控訴人の名称が同一であることから、あたかも財団法人である被控訴人がねずみ講を主宰するがごとく、また、ねずみ講自体国が積極的に公認するものであるかのごとき表現を用いて宣伝し、入会者をその旨信じ込ませ、その結果入会者を激増させていった。そして、被控訴人の役員、職員及び経理担当者は、ほとんど天下一家の会・第一相研と兼務する者であり、同じ事務所を使用していた。また内村は、法人格を巧みに利用し、財産を分散することに秀でており、ねずみ講による莫大な収入を天下一家の会・第一相研、宗教法人大観宮(内村が昭和四八年一一月創立し自ら代表役員となったもの)、社会福祉法人豊徳会(内村が理事長、但し昭和五六年四月以降は同人の長男内村文伴のみが理事となっている。)及び被控訴人の四者間で適宜移動させていた。例えば、内村は昭和四九年四月以降各講(洗心協力会を除く。)の入会金収入のうち二五パーセントを被控訴人への寄付金として計上し、同年九月以降洗心協力会の入会金収入のうち二五パーセントを宗教法人大観宮への寄付金として計上し、更に昭和五二年三月長野地方裁判所でねずみ講入会契約は公序良俗違反により無効との判決が出され、ねずみ講の弊害が社会問題となり、国会等でねずみ講の規制が審議されるや、同年九月自己名義の不動産の大部分を宗教法人大観宮名義に所有権移転登記をし、同年一二月には、一たん被控訴人名義に入金した三〇億円を社会福祉法人豊徳会に寄付したとして同法人名義とし、また昭和五三年五月には天下一家の会・第一相研こと内村に課せられた昭和五一年度の国税三四億六〇〇〇万円を被控訴人から二四億八〇〇〇万円、宗教法人大観宮から五億六〇〇〇万円支払った。このように内村はこれらの四者を意のままにあやつり、ねずみ講からの収入及びこれを原資とする資産をその時どきの都合で移動させており、資金計画も四者で統一的に行っていた。被控訴人の財産は全で天下一家の会・第一相研のねずみ講からの入会金の収入を原資とするものであり、天下一家の会・第一相研と被控訴人の経理は実質上一体となっていたから、被控訴人の資産は、すなわち、天下一家の会・第一相研こと内村個人の資産の実態を有するものであり、内村としてはいずれの名義を用いてでも本件不動産を購入しうる立場にあった。

2(本件売買契約の経緯) 前記のとおり内村は、ねずみ講拡大の宣伝のために被控訴人の名を利用していたが、天下一家の会・第一相研創立一〇周年記念を迎え、更にねずみ講の拡大伸長をはかるため被控訴人の名義を利用して本件不動産を買受ける必要があった。すなわち、内村は、被控訴人が天下一家の会・第一相研のねずみ講と一体であると宣伝し、ねずみ講は財団法人たる被控訴人が主宰もしくは密接に関連し、これに入会することが社会福祉建設に役立つかのように会員等に宣伝し、会員数を増加させていたもので、本件不動産購入時には天下一家の会・第一相研の全国の拠点として東京本部事務所を置くことを計画し、天下一家の会・第一相研の昭和五一年度の予算案には東京本部等の新設資金として五〇億円を計上していたが、更にねずみ講の発展拡大を図るためには、本件不動産に被控訴人の名義を利用する必要があった。つまり内村としては、本件不動産を被控訴人名義で取得することこそねずみ講の拡大のため必要な方策であった。現にこれを購入後も建物の大部分(三階から九階まで)は天下一家の会・第一相研の事務所として使用された。

3(本件不動産の購入資金) 本件不動産の購入資金一三億五七〇〇万円は形式的には被控訴人名義の預金口座から支出されているが、すべて天下一家の会・第一相研のねずみ講入会金を被控訴人へ入金した形式をとった中から支出されたものであり、内村と天下一家の会・第一相研は一体で、ねずみ講は内村の個人事業と認められ、被控訴人の経理も内村と一体であるから、内村が自己の資金で購入したものと認めるべきである。

4(内村の被控訴人の代表権限) 被控訴人においては、昭和四八年三月一〇日の理事会決議で内村ら五名が理事に、さらに内村が会長に選任委嘱されて就任したが、当時既に従前(被控訴人設立当初)の理事、会長(有働が理事であったことは当事者三者間に争いがない。)はすべて任期が満了し、あるいは死亡していたもので、以後右同日まで後任者は選任されていなかったものであるところ、本件売買契約後の昭和五二年一二月一〇日、熊本地方法務局登記官は、被控訴人の昭和四八年四月二〇日付の理事就任等の登記につき、内村らの理事選任は既に任期満了によって退任した者の同意を得てかつ会長でない者の委嘱によって選任されたものであるから無効であり、同年五月一八日の名称変更登記につき、名称変更は適法に構成された理事会の決議に基づきされたものでないから無効であるとし、右各登記を職権で抹消した。右抹消処分が有効であることは昭和六一年一一月四日の最高裁判決によって確定された。もっとも、被控訴人主張の原始寄付行為(乙第一号証)には役員の任期伸長の規定があるが、右登記の申請には添付されず、成立に争いのない乙第一一号証、第一二号証の一ないし三、熊本県知事に対する調査嘱託の結果によれば、右書面は被控訴人が昭和二三年八月三日児童福祉施設認可申請書に添付した寄付行為であって、被控訴人の設立時の書類は紛失したためはたして右の文書が真正な原始寄付行為と同一内容の文書であるかどうかを確定することは困難であることが認められる。証人有働清松の証言は前掲乙第一一号証、調査嘱託の結果に照らしにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。してみると、被控訴人が主張するように昭和四八年三月一〇日の理事選任等が実体的に有効であると認定することは困難であるし、また、当事者参加人の主張も右乙第一号証が真正な原始寄付行為であることを前提とするものであって、右のとおりこれは認め難いところであり、本件売買契約当時から現在まで有働に被控訴人の代表権限があると認めることもできない。そうすると、被控訴人には昭和四八年三月一〇日以降適法に理事は選任されておらず、理事不在の状態が継続しているものといわなければならないから、本件売買契約当時、内村に被控訴人の代表者権限があったと認めることはできない。そしてその後関係者から数回被控訴人の理事選任の登記申請がされているが、いずれも却下されている。

5 もっとも、証人内村健一は、原審及び当審において、本件不動産は当初天下一家の会・第一相研で購入予定であったが宿泊設備の改造ができないため被控訴人が購入することとしたとか、あるいは被控訴人を財団法人セントポールハウスに合併させ社会福祉事業を行うために被控訴人が本件不動産を買受けたとか、あるいは被控訴人から財団法人セントポールハウスに譲渡するため買受けた等と供述するが、《証拠省略》によれば、内村の財団法人セントポールハウスの理事就任登記は本件売買契約後の昭和五一年一一月三〇日であることが認められ、本件売買契約当時は未だ同法人を支配しうるか未定の段階であったことが明らかであるうえ、内村の右証言はあいまいであって、到底措信することができない。また《証拠省略》により認めうる本件不動産の固定資産税が被控訴人名義で支払われていることも、前記認定を左右するものではない。

また、被控訴人は社会福祉事業として熊本県上益城郡甲佐町に建康センターを設置すべく用地を取得しようとし、農地法五条の申請をしたが、前記職権抹消処分により事実上休止のやむなきに至ったと主張し、《証拠省略》中には右にそう部分がある。しかしながら、右証拠により認めうる昭和五二年三月七日九州農政局長からなされた農地転用事前審査の申出についての内示にはいくつかの条件が付せられていて、前掲前田証人の証言と対比してもはたして内村のいう理由で計画が挫折したかは明確でないのみならず、前記認定の事実、内村の言動からみても、内村はねずみ講による資金集めの手段として社会福祉事業を利用しようとしていた疑いが濃厚であって、真実社会福祉事業を営む意図があったものとは認め難く、内村の右供述を措信することはできない。

《証拠判断省略》

6 以上認定の事情のもとにおいては、本件不動産は、内村がもっぱら、ねずみ講の拡大等の目的に使用するため、被控訴人の名義を利用し、自己の資金で、自己のため購入したものと認めるのが相当であるから、その買主は内村であり、内村が本件不動産の所有権を取得したものというべきである。

のみならず、仮に外形上内村が被控訴人のために本件売買契約を締結したとみられるとしても、前認定の事実関係のもとにおいては、内村は権限なく売買契約を締結したといわざるをえないものであり、その代金も、その原資となった天下一家の会・第一相研のねずみ講からの被控訴人への寄付金は被控訴人に適法な理事、会長が選任されていないため被控訴人の資産とはならず、内村の資産であって、これから支払われたものというべく、実質的には民法一一七条一項の規定によって無権代理人が代金債務の履行をした場合と異らず、このような場合においては、内村が本件不動産の所有権を取得する筋あいであり、いずれにせよ被控訴人にその所有権が帰属するいわれはないといわなければならない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人らの被控訴人に対する本訴請求は理由があるといわなければならない。

第二  当事者参加人の請求について

前認定のとおり本件売買契約の買主が内村であり、本件不動産が内村に帰属するとみられる以上当事者参加人の各請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない(前認定のとおり本件売買契約当時から現在まで有働に被控訴人の代表権限があったとは認められないから、その点からも当事者参加人の各請求は理由がない。)。

第三  以上の次第で、控訴人らの本訴請求は理由があり、これと結論を異にする原判決は相当でないからこれを取り消して控訴人らの請求を認容し、当事者参加人の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木弘 裁判官 筧康生 裁判官時岡泰は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 鈴木弘)

<以下省略>

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